書評・感想ブログ。
読書関連のコメント、トラックバック、相互リンクは大歓迎です。
<< July 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

魔法飛行 / 川上未映子 (中央公論新社)
評価:
川上 未映子
中央公論新社

なんだって継続にしか意味がなかったりするからね。


川上未映子さんのエッセイである。
本を読むとき、気に入った文章に付箋を貼っていきながら読んでいるのだけど、この「魔法飛行」を読んでいる時に付箋が足りない事態に陥り、ノートに書き写しながら読んだ。中学生の頃、好きな歌の詞をひたすら書いていたことを思い出し、自分の意思の詰まっていない言葉をひたすら書くっていうのも悪くないねと思うのだった。
エッセイといっても、日記風のものでもないし、唐突に詞がはいったりする。ページもまちまちで、何かのテーマに沿って書かれたんだなという印象もなく、本当に素のそのもののテンションが見え隠れしているのも(オタク的な)胸を熱くさせる。
 

子どもの胸とあたまのなかで分解されていた言葉を思うと夏という気がとてもする。


夏に対して、未映子さんが「子どもそのもの」と書いていて、ああ本当だなあと思う。小学校1年生の夏休みから、わたしの記憶の夏はくっきりとしはじめ、19歳の夏休みでそれが消えた。漠然とあとは「暑いなあ」「花火だなあ」「秋の匂いがし始めたよ」の繰り返しで、夏の形があまりない。夏は子どもの季節なのだ。いやいや行っていたラジオ体操が恋しくなるし、プールとか蝉の鳴き声とか足についたござの痕。子どもの頃に経験していないと懐かしくも思わないわけで、わたしは自分の子どもらにそれらを数年かけて経験させてやらないといけないな、と思う。
この「子どもの胸とあたまのなかで分解されていた言葉」というのが、わたしにもひとつある。
「正露丸糖衣A」だ。CMで聞く限り、「正露丸とイエーイ!」だと思っていた。元気になる薬なんだなあと子ども心に思い、大人になってから、腹痛で正露丸の薬瓶をまじまじと見つめて、その間違いに気がついた。冷静に考えればありえないネーミングだというのに、子どもの頭はそれをよしとしてしまう。腹痛を忘れるほど笑った。でもその場にいる家族には言えなかった。

エッセイを読んでいると、忘れてしまっているわりとどうでもいい生活の断片を思い出す。それが好き。


(amazon)魔法飛行
【楽天ブックス】魔法飛行[ 川上未映子 ]
美女と竹林 / 森見登美彦 (光文社)

事件は机上で起こればいい


何冊か読んだところで人となりが気になったので、エッセイを読んでみる。おお、このタイトルも聞いたことがあるぞ……森見さんはこっそりとわたしの外堀を埋めていたのであるな、ふむふむ。
本書はエッセイであるはずなのだが、森見さんの好物「美女」と「竹林」に特化した書物であり、またその大半が森見さんが得意とする「妄想」である。エッセイであるはずなのだ。エッセイで……。

たとえば、レポートだとか読書感想文を書かなければならないとする。だがしかし、時間がなかったり、課題図書とどうも気が合わずに読みきれない。ネット上のものをコピペするのは盗用である。どうするか。
本書の出番です。
「美女と竹林」について書く、「竹林の手入れ」について書く、という主旨から大きくはずれていく様は見ものである。中盤以降は竹林へ行けないことへの懺悔、竹林開発が成功した場合の妄想が綴られ、「そうやって文字数を稼ぐのか、森見氏よ」と学ばせていただいた。つまり、自分の文章で妄想を書き綴ればいいのだ。

これじゃあ、あんまりなので、本書で「竹林」について学んだことを報告する。
竹林は1本が開花すると枯れるのである。地下で竹がつながっているから!すごい。竹って花が咲くんだ。気にしたこともなかった。どおりで竹の花を見たことがないわけだ。
本書を読むと、森見さんのほかの作品で登場する「竹林」に敏感になる。あそこにもここにも竹林。
美女はどこへ行ったのやら。

(amazon)美女と竹林 (光文社文庫)
(楽天ブックス)美女と竹林
君がいない夜のごはん / 穂村弘 (NHK出版)
 賞味期限について、夫婦間で何度も争いが繰り広げられている。
 日付で明確に表示されている場合はいい。賞味期限を気にする夫は食べなければいいし、無頓着なわたしは匂いを嗅ぎながら食べればいいのだ。
 しかし、日付が明確にされていないものは頭を悩ませる。
 例えば、カレー。3日目に突入したものを夫は食べようとしない。仕方なくわたしが朝食と昼食に胃に収める努力をする。
 例えば、しなびた野菜。野菜室でどんなに姿に変化していようが、夫は知らない。豚汁にでもして姿を分からなくしてしまえば、自動的に胃に放り込まれる。

 と、本書の「賞味期限」のエッセイを読んで思った。
 穂村さんのいうように、賞味期限を迎えた途端、さっと色が変わってしまったら一大事である。しかし、便利だ。腹をくだすことはなくなる。ううん、悩むな。

 芽吹きそうなじゃがいもの芽をこそげとり、ポトフを作っているときに、ふと思う。毒入りスープを作っている魔女みたいだな……と。


 著者と「ショコラティエとの戦い」も面白い。
 昨今のファッション用語にも通ずるものがある。いつの間にか、ズボンとスカートとジーパンとトレーナーが消えていた。
 「あ、ああそうか、パンツっていうんだ」とショッピングサイトで検索にかけると、今度はお目当てのものではないパンツが多々ヒットする。どうすればいいんだ。何が死語で何が新語なのかわからない。怖いから何も喋れなくなる。わたしも穂村さんのように、寝る前に布団の中で「パンツ、ボトムス」と繰り返し唱えないといけないのかもしれない。
 気がつけば、デザートのことは「スイーツ」というようになったし、ショートパスタも自己主張をはじめ何やら名称が馴染み始めた。流行の最先端を追い続けるのは大変だろう。しかし、最先端を追い続けることがステータスではなく失笑の対象にもなっているので、少しだけ安堵している今日この頃だ。

 タイトルが「君がいない夜のごはん」というものなので、ロマンチックだなあと思い読み始めたが、いつもと変わらない少し情けない昭和のおじさんが書いているエッセイでほっとした。
 そうか、カリフラワーが先だったのか……といらぬ納得をした。わたしはブロッコリーが白くなったんだと思っていた。

(アマゾン)君がいない夜のごはん
(楽天ブックス)君がいない夜のごはん
日本最大級!100万点の品揃え、NETOFF

ごはんぐるり / 西加奈子 (NHK出版)
 「イラン生まれ、エジプト育ち」という西加奈子さんのプロフィールを見るたびに、「この人、おもしろいこと書くんだろうな」と勝手な想像を膨らませる。西さんもさぞかし迷惑だろう。(関西人は面白いことを言うに違いないという先入観と同じな上、西さんは大阪育ちでもある!)
 本書は「食べ物」に関するエッセイである。「エジプト育ち」の西さんはきっとトンデモエピソードをたくさん持っているにちがいない!とこれまた勝手に期待を膨らますのだった。(西さんといえば、エッセイ「ミッキーかしまし」のイメージでお酒のイメージが強い)。

「不自由さ」というのが、思いがけない幸せをもたらしてくれるものである。


(p.15)
 序盤は期待通り、西さんが幼少期を過ごしたエジプト・カイロでの食生活が描かれている。
 「生野菜、生水には気をつけろ」「カイロの米は石や虫をとってから食べる」「断水・停電は当たり前」という今の日本では考えられない食事情である。ありきたりな感想だが、今の自分がいかに恵まれているかを思い知らされ、反省をする。冷蔵庫の中で林檎を腐らせてしまってごめんなさい。
 時々思うことがある。
 人間は不自由な時に頭を使って考える。それが積み重なって、今の生活があるわけだけれど、パソコンが一家に一台が当たり前の時代に生まれた私は便利生活への後加入感が否めない。生活をもっと便利にしよう!といった発想が不必要なほどに、便利な生活を送っている。
 「寝ちゃいそうだから、電気消してよ」
 リモコン式ではないその電気を消すために、交わさなくていいであろう会話を夫としたその時に、便利すぎないことも大切だなと思うのだった。お風呂のお湯を沸かすときもそうである。つい数年前まで、お風呂の湯温や湯量は自動ではなく、手で触って確かめてから湯船に湯を張っていたはずだ。しかし、その作業がなくなった今、「今日熱いよ」「お湯入れすぎだよ」といった会話が我が家からはなくなった。
 「不自由さ」がなくなった反面、会話がなくなってしまった気がする。

自分の心地良いことを、貫くということ、それがお洒落


(p.121)
 本書の終盤では、西さんは海外の料理(それもセネガルやベネズエラなど馴染みの少ない料理)を習いに行く。その一環で、フィンランド料理を学びに行くのだが、フィンランドでは「お洒落」を指す言葉はないということを知った。日本ではお洒落の代名詞のような扱いなのに……。自分がいいと思ったものに自信をもち、他人に左右されず、自分自身のお洒落を貫いているというその生き方が「やっぱりお洒落やん!」なのだけれど。
 そんな風に生きていけたらいいなと思う。
 やはり、西さんは海外へのフットワークがとても軽い。「それも取り入れちゃう?」というくらい雑多な感じ、でも「西加奈子」というひとつの枠組みからは飛び出していなくて、ごちゃ混ぜの中でも統一され凝縮されていて、なかなか濃厚な一冊であった。

 オーダーの正解、得意料理の正解はわたしも今日までわからずにいる。
 というか、そもそもそれに気がついてしまうのが、日本人なのではないだろうか。

(楽天ブックス)ごはんぐるり
(アマゾン)ごはんぐるり
ネットオフ 1,500円以上お買上げで送料無料!

やわらかなレタス / 江國香織 (文藝春秋)

衣食住にはあまり興味がなかった。
それがどうだろう。
出産をしたら、
「わたしがご飯を作らない限り、この家にはご飯の時間がやってこない」ということに気がついた。
そして、外出の機会がぐんと減り、3度の飯が楽しみな時間に変わった。
ようやく、「ごはん」に興味がわいてきたところだ。

本書のエッセイは「ごはん」をキーワードに数ページずつ書かれている。
ひとつの食べ物に触れるだけで、幼少期の記憶がぶわああっと音がするように広がっていく描写がすごい。
ごはんの匂いは不思議だ。
毎食、残飯を生み出していた私でさえ、料理の匂いで子供の頃を思い出すことがある。
ごま油の匂いと卵を焼く匂いは、そのきっかけになることが多い。
 

鱈を食べると、冬の、暗く冷たい海を連想する。


(p.24) 冬の暗い冷たい海を鱈(漢字もすごい。魚へんに雪だ)が泳ぐ図を想像して、ぞわりとした。
食べ物と季節も切っては切れぬ関係である。
これも主婦になってから知った。節約をしようと思ったら、季節の野菜を食べればよい。冬場のトマトが味気なく、そのくせ高価だということを、つい最近知ったのだ。
ほかにも、本書で季節と食べ物を結び付けているエッセイはいくつかあるのだけれど、
本書を読んだ方の記憶に鮮やかに残るのは、
「めかぶの湯通し」じゃないかと思う。
わたしもスーパーの鮮魚コーナーで生めかぶを探している最中だ。

 

(たべものには、静かなのと賑やかなのがある)。


(p.206)
炒め物は基本的に騒がしい料理で、煮物はおしとやかだけれどあざとい料理だと思っていた。気分によって、食べたいものはころころ変わるのはきっとそのせいだろうと思っていた矢先、江國さんが上記のように書かれていたので、うれしかった。
元気がない日に脂っこい炒め物が食べたくなるのは、食べ物に元気をもらいたいからなのだろう。
そんなことを意識し始めたら、一食一食がいとおしく思えるようになって、なんだか調理も楽しくなってきた。
子供時代に食べることを大事にしてこなかったことを少しだけ悔やんでいる。

やわらかなレタス (文春文庫)
(楽天ブックス)やわらかなレタス(文庫版)
ネットオフ 日本最大級のオンライン書店 書籍在庫100万冊!